Copywright(C) 2005上海美しが丘第一幼稚園 All Rights Reserved
| 幼児が言葉や数、身体の動きを学ぶには、 「敏感期」をとらえることが大切です。 |
知性を発達させるためには 手を使う作業が大切です。 |
|
| こどもが発達していく過程で言葉や数、身体の動きを学ぶのに最もふさわしい一時期があるのをモンテッソーリは発見し、それを「敏感期」と呼びました。敏感期にある間子供は特定の機能に対して驚くほどの興味と情熱を持ち、非常に高い密度でそれらを獲得していきます。これは、こどもが母国語を習得していく過程を見てもわかることです。しかし、この敏感期は一過性のものでこの時期を過ぎてしまうと同じことを身に付けるのに大変な努力を要するようになります。 モンテッソーリ教育では、こどもが興味を持って自発的に活動しながら自分の発達にとって一番必要なことを身につけるような環境を準備していきます。強制されてするのと、敏感期を逃さずに利用して、こどもが喜びに満ちて自己開発するのとでは、教育効果の上でも大きな違いがあります。 |
「手は知性の道具」と言われます。手による活動のおかげで環境からいろいろなものを学び取り、自分を発達させることができるのです。こどもにとって言葉だけの説明や、見るだけで実際に体験していないことを理解するのはとても難しいことです。「重い」と」いう言葉だけ教えられても実際に自分が持ってみて重さを体験しなければ「重い」という正確な概念は生まれてきません。 お座りができ、手が自由になった瞬間から赤ちゃんはなんでも触りまくります。押したり、引いたり、つまんだり転がしたり、段々に成長するともっと難しい手の動き、道具を使って切ったり、貼ったり、縫ったり、編んだりといった様々な手の活動を好んで繰り返します。手を使うこと、それは子供の成長のための強い要求です。無意識に使っていた手を3歳頃からは段々意識して使うようになり、集めたり、比べたり、といった考える作業が加わってきます。これが次の知的な活動の準備となるのです。習慣的に、単調に手を使うのではなく、ある目的へといつも少しずつ困難さを増しながら性格に手を使うように、モンテッソ−リクラスでは教材を準備しています。 |
|
| 集中して満足することが人格形成に 好ましい影響を与えます。 |
こども自身が自由に その日の活動を選びます。 |
|
| モンテッソーリの幼稚園にはいろいろなタイプのこどもが入園してきます。依頼心が強かったり、落ち着きがなかったり、乱暴だったり、泣き虫だったり…それらのこどもは最初は何をしたらよいか自分で決められず、うろうろ歩き回ったり、他のこどもの邪魔をしたり、すべてが気紛れで長続きしないという具合です。しかし、そういうこどもたちもある時自分で本当にしたいと思う作業に出会うと、自発的な集中力を初めて示し、真剣な様子で作業に取り組むようになります。こうして一つのことに夢中になり十分に満足するまで活動を繰り返したこどもには、必ず大きな変化が見られるようになります。こうした体験を経て、子供は満たされた穏やかな表情になり、自分への信頼感を得ます。それが次の活動への意欲を生み、また他の人への思いやりや、協調性が育っていくのです。 モンテッソーリ教育が教具を使った作業活動を重視するのは、作業の過程で集中し、その達成によって十分な満足を得ることがこどもの人格形成に非常によい影響を与えると考えるからです。 |
モンテッソ−リクラスでは、それぞれのこどもが自分のやりたい活動を選び、気に入った場所で、やりたいだけ繰り返す自由が保証されています。そしてその子が何を選んだかを学期ごとに記録からおいまとめてみると、それぞれのこどものなかにある無意識の計画性に驚かされます。はっきりとしたその子の計画性を知らされ、一見無駄がありそうなのに確実に一つの方向へと自分を導いているその力の大きさに心を打たれる思いがします。 しかし、この自由は好き勝手な自由とは区別されます。「他人に迷惑をかけること」は禁じられますし、選んだ活動の秩序は受け入れなければなりません。「これはこの目的に使うもの」この活動にはこの順序が必要」といった条件を受け入れることから物事の本質の成り立ちに気づいていき、規律を受け止める心がそこに育ちます。選ぶということは責任を伴うことで、こどもは自由な選択の中から規律を学んでいるわけです。 |
![]() |
マリア・モンテッソーリの業績
モンテッソーリ・メソッドの生みの親マリア・モンテッソーリは1870年イタリア最初の女医となりました。精神薄弱児の研究の過程で、その教育法が普通児教育にも効果あるに違いないと確信した彼女は1907年ローマで開かれた「こどもの家」で自分の教育理念に基づく新しい教育を行いました。モンテッソーリの実践は、彼女のこどもに対する深い洞察力と経験に基づいたもので「子供の発育に応じた環境からの刺激の大切さ」と「教育とは教えこむことではなく、幼い心が自己を発育させようとする力を援助することである」という二つの基本的知識に支えられています。 |